便利なものは

便利なものは
ありがたいものだけれど

自分の出せない力を
補ってくれたり
助けてくれたことに
感謝を忘れた瞬間に
自分はもっと力を
失うのかもしれません

車を使えば
寒くないし
体は疲れないし
早く移動できるし
楽だけれど
安易に使っていれば
体は寒さから身を守ることを
忘れてしまうし
筋肉は衰えてしまうし
歩いた時に得られる
空気からのメッセージは
受け取ることができません

薬を安易に使って
体が簡単に回復すると
体は自分で治癒することを
覚えないかったり
怠けることを覚えます
体が治してくれていることを忘れ
薬がどうにかしてくれると思い
自分がなすべき養生が
わからなくなってしまいます

法や制度に守られているのが
当たり前の生活では
自分で何を守りたいのか
何を守ってもらっているのか
わからなくなり
気づいたら
どのように自分を守ればいいのか
何を守れば自分を守ることなのか
自分を見失っているでしょう

自分が本当に必要としている
利便性なのか
サービスなのかを
確かめるために

「一般的に」とか
「普通はこれくらい」とか
「常識的に」といった
観念を抜きにして
考えてみることが
満たされた今を感じるのに
いい方法です

お金を払っているのだから
当たり前だなんて
絶対に思わないことです

便利なもの
快適なものは
魅力的だけれども
手に入れた時
代償として
自分の力を失わないように
気をつけるといいと思います

自分の力を失うということは
自然と湧き出てくる感謝の
こころを失うことです
selfcareSupport 長塚

大切な季節、冬になりました

こんにちは
selfcareSupport 長塚です
初冬の候いかがお過ごしでしょうか

札幌のスーパーでは
秋の終わり頃から
漬け物の用具や材料が一通り揃う
漬け物コーナーが
大きなスペースを
とるようになります

冬に野菜が採れないから
保存食でしっかり備えよう
という気合が感じられます

スーパーの陳列は
楽しい発見があるので
旅行に行ったときも
よく地元のスーパーにいく
長塚です

さて
ブログに冬の養生について
書いたのですが
http://www.selfcare-s.com/四気調神大論篇〜冬三月〜/

秋は収穫し
仕込みの準備をする時期

冬はじっくり寝かせて
熟成させる時期です

それは
こころも
からだも
身の回りも
そのようになっているようです

東洋医学を学んでいると
四季の現れかたの
地域による違いが
気になるようになりました

四季に影響を受ける身体は
病の現しかたも
地域によって異なります
それは
スーパーの陳列品が
地域によって異なるのに
ちょっと似ている感じがします

本州から北海道に
引っ越した時に
四季の変化に違いがあり
養生の仕方
使う漢方方剤の傾向が
変わるのを
体でとても感じました

現在住所もさることながら
漢方相談をする時に
大切なポイントになるのが
出身地であったりします

その症状が発症した頃
どこに住んでいたのか
どのような環境にあったのか
どのようなダメージを受けたのか

その情景は
本治を見通す時に
重要な手立てとなります

身体もいろいろな経験を
今に表現しているからです

自分が調子悪くなった時、
家族が調子悪くなった時、
経緯をさかのぼって
その根源をみつけることも
回復への一過程となります
皆さんもそのような考え方を
取り入れてみては
いかがでしょうか?

繰り返しを断つのに
有効です

それでは
どうぞ充実の冬三月を
お過ごし下さい♪

四気調神大論篇〜冬三月〜

黄帝内経 素問 四気調神大論篇
冬の養生のしかた

冬三月、此謂閉蔵。
冬の三箇月は閉蔵という
万物が潜伏収蔵する
季節である

水冰地坼。
無擾乎陽。
水は冰(こお)り
地は坼(た)く
陽気を乱れ騒がせては
ならない

早臥晩起、必待日光、
早寝、遅起きし
必ず日の出を待つようにする

使志若伏若匿、
若有私意、若已有得。

伏せるように隠れるように
こころをしまい納め
内緒ごとのように内に秘め
すでに全てを掌握したように
こころを豊かに保ち含める

去寒就温、
無泄皮膚、使気亟奪。
寒さは避け温かくし
皮膚から気をしばしば
漏泄させないようにする

此冬気之応、養蔵之道也。
此が冬の気に順応させる
冬の養生の道である

逆之則傷腎、春為痿厥、
奉生者少。
この自然の法則に則っとらないと
腎気を損傷し
春には厥逆をおこし
春の生気を受けることが
できなくなる

 

立冬〜立春までが冬三月です

秋には大収穫いたしましたか?
その豊穣を熟成させる季節が
冬です

熟成発酵させる時に
しっかり内を温め
途中で蓋を開けたりしないように
しっかり閉蔵して衛ります

冬の養生しっかりして
いい土を作らないと
春にいい芽を
出すことができません

秋の収穫を受けて
次の秋の収穫に向け
ある意味
新年が始まっているわけです
心身の活動すべてが
そのように動いています

秋の収穫を最大限に生かして
土づくりをする
大切な大切な季節です
腎気を養ってください
selfcareSupport 長塚

気持ちの良い処方箋

最近、気持ちの良い処方箋が
増えてきているのを感じ
嬉しくなることがあります

ワタシが
気持ち良い
と感じるのは

患者さんを
良くしようと
意図を感じる
処方箋です

医師の姿が
目の前に現れてきます

処方箋に
いのちが宿っている
のを感じて
嬉しくなります

一方で
改善の余地はないと
決め付けているのか
良くしようという意図が
全く感じられ無い
死んでいる処方箋があります

そういう処方箋では
たとえ漢方が処方されていても
漢方は職能を果たせません

そもそも
良い変化の兆しが
あったとしても
医師も
罹患者本人も
それをすくい上げて
良い方向に持って行こう
なんて思ってい無いのですから

現状維持が
前提になっている限り
悪くなったのは気付けても
良くなったことには気付けず
薬を飲み続けるしか無いのです


一時しのぎの役目しか
持たない合成薬は
使うと
体に混乱を招いたり
勘違いをさせて
自己治癒力を
結果的に低下させるところがあり
ワタシ自身は
好きではなく
使いませんが

とはいえ
その一時しのぎの薬を
工夫して処方されている
先生にはエールを
送りたいですし、
西洋薬の縛りの中でも
もっといい医療に
なってきそうな
兆しを感じます

日本の医学部の
基本的なカリキュラムでは
そういった西洋薬で
治療することしか
学ばないので
日本のお医者様は
苦労されていると思います

他国のカリキュラムのように
もっと充実した内容になれば
いいのになと思いますが
現状はしばらく
無い時間の中で
自発的に新規のものを
習得するしか無い状況のようです

先生方の頑張りを
信じたいとおもいます
selfcareSupport 長塚

ケアし続けること

こんにちは
selfcareSupport 長塚です

先日のブログで
http://www.selfcare-s.com/ラクダのケア/

癒し続けることの大切さを
感じた
というお話しを
したのですが

どのような流れで
ワタシが
本からメッセージを
受け取る流れになったのか
について、
日常にメッセージは溢れている
という例として
付け加えたいと思います

常日頃から
不平不満を口にされ
脾胃を病み
苦しんでおられる方が
おられました

「思」は脾を傷る
です

その日ワタシは

その方が
不満に対して
こういう理由があるから
私は悪くないと
一生懸命にアピールし

私は不満を述べているのでは
ないのだと
自己防衛しながら

そのような
自分を理解してほしいと
訴えるように話し続けるのを
隣の部屋から聞いていました

そして
「この方が
癒されることは難しいな」
と一瞬思ってしまったのです

難しいと思ったら
それは具現化するので
こういう発想がでることも
気をつけなければ
ならないのですが
一瞬、間がさして
頭をよぎってしまいました

そして、その結果
その日のうちに
癒し続けることの大切さを
確認するメッセージを
受け取ることになりました

何てことのないこと
のようですが
実は自分の中では
大きなシフトでした

もっと本気で
一生懸命取り組もうと
決意できた日でもありました

実働的介入ではなくとも
積極的な介入として
出来ることは
実は沢山あります

例えば
その日の気分で
神前やご仏壇に
手を合わせたり
合わせなかったり
ということに
大きな影響力を感じ無い方も
おられるかもしれませんが

実際には
意識を集中して持っていくか
いかないかの違いは
具現に大きな違いを
もたらしています

ですから
皇居、神社やお寺では
朝晩欠かすことなく
祈りを捧げています

それをこころから
実感するように
なりましたので

気分によらず
きっちりと
勤めとして
意識活動を
手を抜かずに
果たしていこうと
決意しました

癒されるまで続ける
ステージを大切に

年内残り3ヶ月
大切に歩を
進めようと思います

収斂の季節が
やって参ります
日々溢れる叡智を取り込み
皆様もどうか
良い秋をお過ごしください

思い出してきたぞ〜

https://news.yahoo.co.jp/feature/760
腎臓が人間の健康を大きく左右する――医療の現場ではそれが新たな常識になりつつある。その役割は、尿をつくるだけにあらず。腎臓こそが臓器同士をつなぐ“人体の要”であり、わたしたちの寿命に直結していることがわかってきたという。

わかってきた
というより

「肝腎要」は
周知でした

五臓
肝腎だけではありませんが..

忘れ去ることで
西洋医療を
信仰することが
できた
といっても
いいのだと思います

「一曰治神」も
同じく
忘れ去ることで
西洋医療に
傾倒できたのでしょう

思い出すべきことが
わかってきたと
言っているだけで
ちょっとも
新しいことはありません

腎は要の臓器だから
急性腎障害に
陥らないように
しないといけないとあり
こう書かれていますが、、、
「急性腎障害の警告が出た場合の対策は、非常にシンプルです」
「まず、患者が脱水状態にならないよう、水分補給や点滴をします。腎臓は脱水状態になるとダメージを受けやすいからです。もう一つが、薬をやめること。腎臓に害を与える薬を、一時的にやめてもらい、まずは腎臓を回復させるのです。こうした対策をすることで、病院では患者の死亡率を減らすことに成功しました」

病気にならないように
薬を飲まないといけない
と思っている人には

病気にならないように
薬を飲まないように
しないといけない
と伝えないと
伝わらないもの
なのかもしれません

薬が無いと
健康を維持できないと
思っているのは
幻想です
selfcareSupport 長塚

ラクダのケア


音楽家の方が
FBシェアの際の投稿で
知人の体験談も
共有されていたので
そちらも引用です
 
「この映像を見せたら、○さんは実際に見たことがあると仰っていました。母ラクダが子ラクダにお乳をあげるまで、とにかく24時間でもずっと歌を歌い、馬頭琴を演奏するんだそうです。そしてやっとお乳をあげた、となったらようやく歌を終え、皆ぐったりなんだそうです。とにかく遊牧民たちは人間と動物が一体なのだそうです。」「かつて、文化大革命で内モンゴルに下放された○さんの生の体験です。」


この記事を読んで
どのように
感じましたでしょうか?

音楽に携わり
癒しを提供されている方は
音楽の素晴らしさ(癒しの力)を
再確認されるかもしれません

ワタシの場合は
子育てを拒否している
お母さんがいた時、
そのお母さんを
全力で癒し、語りかけることを
癒されるまで続けること
大切なことだな
と、自分の中に響きました

不思議なことに
同じ話を聞いたり
読んだりしても
何がどう響いて
どのように感じるかは
個々それぞれのもので
その人の心境が
反映されたものです


しかしながら
学校の国語の勉強では
長文読解をする時、
作者がどんな意図で
書いた文章かを、
「こういう風に捉えてほしい」
という出題者の意図に
気持ちを合わせて
解答していかなければ
なりませんでした

長文読解の問題では
その両者に気持ちを合わせる
訓練をしていたとも
いえるわけですが

その訓練の前に
自分がどのように感じて
どんなメッセージを受け取るのかを
大切にした上で

他者がどのような
受け止め方をするのかを
学ぶこともまた
大切なのだと、
理解することが
必要なのだと思います
selfcareSupport 長塚